九郎さんと過ごした時の中で、より美しく感じたのは「別れの時」 初めて九郎さんを失ったあの時。 燃えさかる炎の中での姿。 私を案じる声。 その全てが焼きついて離れない。 時を経るごとにそれが美化されていくことにゾッとした。 状況を打破しようと望みが薄いながらも必死だった表情が、魅了されてしまう、と感じるほど激しい炎に照らされて。 そんな風にしか思い出せない。 そして、また私は九郎さんを失おうとしている・・・のかもしれない。 牢に入れられた九郎さんと格子越しに触れる。 これを失うなんてさせない、と思ってもたぶんもうどうしようもできないんだろう。 だって、あの時空でだって頼朝さんは九郎さんの言葉に耳を貸さなかった。 謀反人として捕らわれているいるならなおさらだ。 今の私にできるのは、腰越状を受け取ることとあなたの姿を目に焼き付けておくことだけ。 きっと、別れの時がきて、九郎さんのことを思い出すたびに美しく歪んでしまうだろう面影をただ。
逃避行の果てにたどり着いた先は奥州平泉。 そこで私たちはしばしの安寧を手に入れた。 しかし、冬が厳しくなってきたころ、鎌倉から宣戦布告とも取れる勧告が来てから状況は悪化の一途を辿っていった。 中立を保っていた平泉より、平家の戦いを生き抜いてきた源氏のほうが兵の士気が高く、多大で戦況は鎌倉方に傾いていった。 純白の美しい雪を血で汚す戦いが連日続いた。 平泉の勢力は次第に落ちていった。 戦場になってしまった場所が打ち壊されていくのを見て、火種となってしまった一行は胸を痛めていた。 何をするにもを許可を得なければならない日々を強要された。 やり方は極端だったが、守られていることがさらに歯がゆくさせた。 その現状に耐えることができなくなったのと、平泉の権威が急速に落ち込んだのが重なった。 平泉の中央部の機能はまだ生きているが、地方の機能は完全に麻痺した。 その事態を収拾するため、監視の目が緩んだ。 これを好機として一行は抜け出した。 九郎の、平泉を完膚なきまでも荒らされるわけにはいかない、と言う強い意思に触発されて。 その選択が何を意味するのかも理解しながらそれでも。 望美は九郎とともに雪道を歩く。 この先にあるのが今生の別れであるとかみ締めながら。 九郎の横顔を見つめ、思う。 どうして自分は歴史に疎かったのだろうと。 せめてかすかにでも覚えていたのならば、こうはならなかったのではないか、と。 わずかの距離はあっという間になくなり、岐路についてしまった。 九郎が名残惜しかった。 だが、彼に促され、泣く泣く道を別つ。 同じ経験をした将臣が望美に声をかけるが、彼女は受け入れなかった。 将臣の声も、この運命も。 そして、この時空から"春日望美"は去った。 戻った先でも九郎を助けられる保証はないのだと泣きながら。
九郎さんに会いたかった。 「女人がふらふらと一人で外を出歩くな!」と叱られても構わない。 ただ、会いたい。 もう一人でいても大丈夫だと思った。 けど、自分がいない間に失った事のある人がいた時を忘れ去ることはできなかったみたいで。 一人がだめ、だからと言ってそばにいる人が誰でも言いわけじゃない。 これを見抜けるような人ではだめだ。 だって、「嫌われたくないもの」 本心が口をついて出る。 率直な九郎さんならば深読みはできないだろうという我が儘だ。 早く早く九郎さんに会いたい。 一番に会うのは九郎さんでなければならない。